薪の魔女

10月2日 1枚目の走り書き 修道女の長の証言より

ちょうど私の祖母と同じ年頃の修道女に話を聞いた。かなりの高齢であったが、話し振りはしっかりとしており、信用できる証言と言えよう。

曰く、確かに前夜、教会に居たのは件の聖女であり、廊下で何か大きな物の入った袋を引きずっていたという。彼女が声をかけると「急ぎの用事があるのですぐに発たねばならない」と言い、また「それが済めばすぐに帰る」とも話していたという。

10月1日 午後21時

「震えておいでですね。暖めて差し上げましょう」

そう言って、女はへたり込んだ聖職者の前へ両膝をつく。その手にはわずかに火の残る薪(たきぎ)が握られていた。燃え残って熾火(おきび)となったその先端は、息をするように緩やかに明るさを変えている。

女は両手で薪(たきぎ)を持つと、儀礼めいた慎重さで胸元へと引き寄せ、息を吹きかけてから聖職者の目前へと差し出した。次いで、唐突に膨れ上がった薪(たきぎ)の火で視界が覆われ、対話を始めてから今まで冷静に努めていた聖職者は、初めて悲鳴を上げた。

「司教様、司教様? 何故そのように喚かれるのですか。まるで獣ではありませんか。驢馬のようですよ!」

炎は絨毯の表面を舐めると、瞬く間にカーテンを駆け上がり天井に達した。壁一面の書物、質素な意匠ながら天蓋の付いた寝床、銀の鏡台、教典の一場面を描いた油絵。悲鳴にも負けない声で笑う女が薪(たきぎ)を軍配のごとく振ると、その都度炎は指された先へと飛び移る。その瞳は炎にくるまれた調度の輝きを反射して爛々と輝き、煤で汚れた頬は熱風を受けてわずかに紅潮している。

「そう、驢馬! 司教驢馬ですね!」

女は狂乱のあまり息を切らしつつそう叫び、鉄靴でドアへと這う聖職者の背中を捉えた。明らかに体の重み以上の力を持って床へ押さえつける。既に握る手ごと松明と化している薪が高々と掲げられ、真っ直ぐに振り下ろされて、男の背中から骨を砕き、肺、心臓へと貫いた。

2枚目の走り書き

修道女はまだ話を聞いていないようだったが、朝の競売所前広場での騒動を思うに、袋の中身は広場で晒された亡骸に相違ない。司祭に神のお慈悲があらん事を。

補間

本当は恐い中世史 - みんなで作る黒歴史ノートの「火あぶり」「教皇ロバ」辺り

停戦の取引に差し出した聖女が火炙りにされたら魔女になって帰ってきたので困りましたね、という話。

この後、雑多な信仰の没落した神様、同じく火炙りになったはずの妖術使い、その他教えに楯突く軍勢を引き連れて教会の総本山へとお礼参りです。生半可な力量(と書いてLvと読む)では元聖女様、現薪の魔女様の餌食になってこんがりローストされます。

教会のおえらい様方も命が惜しいので、騎士様勇者様を急遽募集中です。交通費全額支給、各種装備支給。老後の年金もつきますよ!