図書館(仮)ver.01

「は、はうっ」
 少年の足がもつれ彼の手に抱えられた重厚な書籍群が宙を舞う。ぱらぱらと口を開きながら弧を描き、そして床に叩きつけられる。静謐な空間に投じられた一石の騒音はこだましながらこの広い空間のどこかへと吸い込まれていった。
「ユーリック」
「ははは、はい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 名を呼ばれたユーリックは既に涙目である。眼前に立ちはだかった女性を恐る恐る見上げる。揺らぐことなくどこまでも冷たい瞳。おかっぱの髪。掌の付け根で黒のアンダーリムを持ち上げるその女性。この図書館に勤める司書でありユーリックの先輩にあたる彼女の名はルリ。新米である彼の指導を任じられてもいた。
「これで何度目だ」
「323回目です」
 細められるルリの眼。
「命じられた仕事しかこなせない人間を三流。命じられた仕事を上手くこなせてようやく二流。おまえはいつになったら一流になるんだ?」
 ユーリックは二の句を継げずにいた。
 ルリはかすかに嘆息を漏らすと、さっさとかたづけろと言い残し去っていった。
 ここは図書館である。それも司書たちの生活空間さえも内包するほどに広大なものである。そして図書館と呼ばれながらここは書籍の貸与を目的とした物ではない。収集と管理にこそその本懐がある。そもそもこの図書館は隔絶され入館すら容易ではない。部外者の進入を頑なに拒絶するある種の要塞であるとすら言える。