鏡宮事

神道集、八巻、第四十四

 はるか昔の話である。
 あるとき、山里から一人の男が貢納のために上洛した。男は無事に年貢を納め、郷里に帰る前に、何か土産になるものはないかと店を覗いた。すると、今まで見たことのない、光り輝くものが売られている。その水のような不思議な輝きに惹かれて商人に尋ねてみれば「これは鏡というもので、この中から宝が湧き出るのだ。田舎では見たことがないだろう」と答えた。そして鏡をあちこちに向けて様々な宝を見せてくれた。男は大金をはたいてそれを買った。
 喜び勇んで帰った男が鏡を覗くと、宝ではなくくたびれた男がそこにいるだけである。男の妻が鏡を覗くとこちらもくたびれた女が現れる。妻は「夫が別の女を連れ帰った」と嘆き悲しみ、息子の嫁も同じように「別の嫁を連れ帰った」と泣く。宝が現れると思っていた男はなにがなんだかわからない。
 そこに通りすがりの比丘尼が「これはものの姿を写すのです。あなたたちは自分の姿を見たのですよ」と教え、「歳をとるごとにこの鏡に写る姿を見て後生を祈りなさい」と諭した。
 男は比丘尼の言葉に従い、末永く鏡を拝して仏道に励んだという。
………
 これは別の話。
 商人が「これは鏡というもので、この中から宝が湧き出るのだ。田舎では見たことがないだろう」と得意げに言うと、男は静かに答えた。
「そんなものがあっては世のためにならない」
 男は道端の石を拾い上げ、勢いよく鏡に叩きつけた。
………
 これは別の話。
 比丘尼の言葉を聞いた男は自分が騙されたと知って激怒した。
「こんなものは見るのも腹立たしい!」
 男は道端の石を拾い上げ、勢いよく鏡に叩きつけた。
 その瞬間、世界は粉々に砕け散ってしまった。