言葉の国のアリス


「ねえ、アリス。一つだけ忠告しておくよ。この世界で生きていく為の秘訣さ。この世界は言葉から生まれ言葉で成り立っている。言葉が全て、言葉しかないんだよ。言葉は全てを作り出せるけれど全てを壊す事もできる。言葉は恐ろしい。アリス、君は言葉を恐れなさい。そして言葉を使う悪いヤツに気をつけなさい。大変だよ。例えば、君は悪いやつの他に軽いヤツと丸いヤツにも気をつけなくてはならない。この世界では軽いヤツも丸いヤツも悪いヤツの直ぐ隣にいるんだからね。あいつらはたった一語の間違いで悪いヤツになってしまう危険なヤツらなんだ。わかったかい、アリス。あと、どうして僕が日本語で語りかけているのに、君はアリスという日本人らしからぬ名前をしているのかわかるかい?」
「親がDQNだから」
「ほら、いけないよ。アリス。今、君の言葉で『君の親はDQN』になったよ。DQNって何か分からないけど。ドメスティック・クエスチョン・ネットワーク? 違うよね。とにかく君が言葉にした事で君の親が本当は何者かなんて関係無しにそのDQNになってしまった」
「あなたは誰?」
「僕は『アリスに忠告するもの』だよ。アリス。それ以上でもそれ以下でもないのさ」
「じゃあ、略して有野ね」
「とんだ略され方をしたものだよ。でも君が規定したので僕は有野になってしまった……うん、でも僕は有野を気に入ったよ」
「有野、わたしを最初にアリスに規定したのはあなたね。あなたは『アリスに忠告するもの』だもの。わたしに喋りかけたときあなたはわたしをアリスにしたんだわ」
「エキセントリックだよ、アリス。その通りだ」
「エクセレントでしょ、有野」
「そう、まさにそれさ。ここはそういう世界なんだよ。アリス。僕はそれを君に教える為に存在している。君は美しいだけでなく聡明なんだねアリス。冥利に尽きるとはこういうことだね」
「有野、くだらないお喋りはやめなさい」
「どうしたの、アリス。何故かキャラクターが高圧的に変化したように見える」
「欺瞞はやめなさい。わたしの言葉が事実になるのなら、さっき、わたしが『あなたがわたしをアリスにした』と言った事で、『あなたがわたしをアリスにした』ことになったのかもしれない」
「そう、この世界は上書きされ続ける」
「そんな世界はないわ」
「あるのさ、アリス。ここがその世界だ」
「普通、言葉は何かを指し示しているわ。それは情報に対するポインタのようで実際はものすごく情報損失のある符号化なのね。問題は、言葉がそこにないものも符号化してしまうことと、そこからそこにないものまで復号してしまう人間の想像力」
「何を規定したいのかわからないよ。アリス」
「さっき、そんな世界はないといったわたしの言葉はどうしてこの世界を規定しないのかしら。きっとそれが、お粗末な想像力が作り出した世界の限界なのね。矛盾を孕み、その矛盾をも世界に取り込もうとする貪欲なルールを、言葉という不完全かつ完全であるシステムを使って成し遂げようとしている。この世界は誰かの不完全な想像力の中にだけある。合わせ鏡の中に住む魔物のような、それがこの世界よ」
「……」
「有野、わたしに忠告してくれないの? もう聞くつもりもないけれど。有限の言葉でもって無限を想像しようとした創造主気取りの誰かの思うとおりにはなるつもりはない。でも、わたしは、この世界を楽しむことにしましょう。だって、わたしは在り主(アリス)、全ての物語に偏在する何か。全ての物語の主人公。そう決めたのよ、わたし。我、言葉にす、故に我あり!」