フェアリー・テイル


「……あんた、何やってんの?」
「えーと、おにぎりを食べてます。中身は……梅ですね。あ、今食べ終わりました」
長い黒髪を後ろで束ねた女が、口を大きく開けて中に何もない事を示す赤毛の男を鋭い目つきで見つめている。
二人がいるのは、そこだけ森が開けた場所で、周囲にはいくつか新しい切り株がたくさんあり、日の光を浴びている。緩い傾斜が、そこが山の一部であることを示している。
女は鋭く男を問い詰めた。
「そのおにぎりはどうしたの? どこにあったの? 持ってきたわけじゃないでしょ? 私はそんな物の持込みを許可した覚えはない」
「先輩も欲しいんですか?」
梅の種を吐き出しながら、男は笑顔で答える。
女は男に近づき、低い声音で言った。
「おにぎりは、どこに、あったの? 言いなさい」
女の剣幕に圧されて、男の声から暢気さが消える。
「そ、その辺を、転がってたんですよ。コロコロと。だから……えーと……捕まえました」
「吐きだせ、このバカ!」
直後に女の左腕が男の腹にめりこんだ。男はボディブローをくらい、身体をくの字に曲げながら、「先輩の分も、探しますから」と見当違いの言い訳をした。




「新人。虚構警察としてのこの世界での私達の任務は?」
「きょ、虚構旅行中に行方不明となった家族を探すことです」
「で、この世界の物語の名前は?」
「『おむすび、ころりん』です」
「そこまでわかってて何で……もしかして……! あんた、話はちゃんと読んだんでしょうね」
「えーと、おむすびのコロリンが大活やぶッ」
女の右の平手打ちが男を弾く。女はそのまま右手で男の胸元を掴み、男の息の根を止めようと、左手を貫き手の形に変えた……ところで思いとどまり、代わりに左手で自分の額を押さえ溜息をつく。
男は、叩かれた頬を押さえながら真面目な顔で言う。
「まさか、今食べたのが、コロリン?」
「そのとおりよ。このバカ」
女の再度の平手が男を襲う。咄嗟にガードした男の手の甲ごと、男の顔が90度曲がった。
「ぼ、ぼくが罪もないコロリンを……でも痛すぎる!」と、男が涙目で抗議したとき、女は叩いた自分の手の平をじっと見ていた。そして、そのまま男に言う。
「来たわよ。『物語の要請』が」
「え」
女は黙って、男に自分の掌を突き出す。そこには、べったりと、ご飯粒がついていた。
「先輩、いつの間に、おにぎりを」
「自分の手を見てみなさい」
男は慌てて、頬を押さえていた手を見る。
そこにもいつのまにか、大量のご飯粒がついている。が、じっと見ていると、それが増えているように見え……やがて、手の平がびっしりとご飯粒で埋まった。男から汗が吹き出る。いや、それは直ぐに湯気となって……。
「ぼ、ぼくは」
「多分、おにぎりになるのね。そういう奇病なんでしょう」
そう言って、女は男を持ち上げている手を離し、顔を背け、ため息をついた。
「そんな、バカな!」
「あんたが食べたおにぎりに、あんたがなるのよ。バカみたいだけど。物語が元に戻ろうとする力、『物語の要請』はそれくらいバカバカしい力なのよ。きっちり認識しておきなさい。特に昔話ってのはね、怖いのよ」
女はもう一度男を鋭くにらんでから、男を放し、視線を外す。そして女は腰のベルトから、小さな機械を取り出した。リモコンのようなそれを操作した後、女はそれを口元にあてしゃべり出した。
「あー本部。あ、アカギくん? こちら、ミサキ巡査長。えー、行方不明者捜索中、同行したミカギリ巡査が『物語の要請』により任務続行不能となりました」
「せ、せんぱ」
女に近づこうとして、男は前に倒れる。足は既に無かった。起き上がる手も既にない。男の体が、人のフォルムではなく、おにぎりのそれになっていく。
「え、医療班? 必要ないない」
「ちょ」
「だけど、至急、届けて欲しいものがあるの」
女が通信を切り、男の方に向き直った。しかし目線は男を越え、遠くを見ている。その先には、きょろきょろしながら山を降りてくる老人が見える。老人は、二人に気付かないかのように、そばを通り過ぎて、さらに山を下っていく。
「あれか」
そのとき、女の持っていた機械が音を発した。女は慌てずに機械を操作してから、右手を挙げる。次の瞬間、女の右手にはおにぎりが現れていた。
女はそれを、小さくなる老人に向かって、おもいっきり投げた。
それは直線的に飛んでいき、老人をかすめ、その先にあった木に激突すると、ずるりと木の表皮をすべり、その根元にぽっかりと空いた穴の中に落ちた。


「な、治った」
男が安堵のため息をつく。
男の姿は元の人間の形になっていた。
「よ、良かったー。先輩はこうなることわかってたんですね」
「「そう、治ったの……残念」
「ちょっと!」
女に近づこうとした男を、女は容赦なく足払いする。
ぐえ、と地面に倒れる男を見下ろし、女は冷たく言い放つ。
「冗談よ。本気で死んで欲しかったけども」
「……どっちなんですか」
「どっちでも一緒よ。生きてるんだから。さ、帰るわよ」
「行方不明者は?」
「鼠の穴でかじられてたおっさんを別の班が見つけたわ。それに原作知らないあんたなんか怖くて連れ歩けないわよ……帰ったら、死ぬまで鍛え直してやる」
「死んだら、鍛えた意味が……」
「私の気がすっとするし、虚構警察全体の利益にもなるわ」
「ひどい……」
男がのろのろと立ち上がり、女が再び腰から機械を取り出して操作すると、二人の姿が消えた。
二人の消えた後、山の上から、おむすびが、まるで跳ねるようにして、山肌を下っていった。


「先生、この心臓の位置にある影ですが、もしかして……」
「うん、これねぇ……うーん。やっぱり、梅干し、だねえ』
「ええ、梅干し、ですね」
「うーん……何で?」
この梅干しが、ミカギリ巡査の命を救うことになるのだが……それはまた別の話。