ガッデムなる物

「ガッデーム」
「おお、序列第42位武官ガンジ殿、ついに脳味噌にまで筋繊維が達してしまったのですね」
「誰が脳筋か」

 髭をたくわえた小人が渋い顔をする。交わされた会話の残響は十分すぎる空間と絨毯に吸い込まれ、反響は返ってこない。見上げれば目が眩む高さの天窓から、底が見えない吹き抜けの下階にまで書棚の続く魔城資料室。そのほんの片隅、三方を棚に包囲された閲覧机に小人と魚人の姿があった。

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「ガッデム構造体について調べておったのだ。邪魔をせんでくれ」
「あの物体をカチ割る必殺技でも研究されているのですか? 成功すればかわゆい陛下が給料を上げてくださるでしょうね」

 軽口を受け流し、再び書物の目を落としたところに、魚人が「何を読んでいるのですかー」と後ろから覗き込む。種族の差もあって、魚娘のあごは椅子に座った彼の頭をわずかに超えている。延々続く問いかけ、上体をフルに使った揺さぶり、頭の周りでちりちり鳴る貝の飾りが五感を満遍なく妨害し、ガンジはようやく字を追う作業を諦めた。

「ええい、いちいち騒ぐな。司書に尻を叩かれるぞ」
「ここの担当は人間のお子様だから大丈夫です。アフダン水中CQCで一発KOですよ」

 これでも文武百官の中では彼の方が数位偉い。おしめの頃から散々世話を焼いてやったのに、何処で遠慮の二文字を放り出したのだろう。恐らくは陛下に初めてお目通りした日、12時間強連続で「がーるずとーく」をし続けた辺りだろうとガンジは踏んでいる。その翌日には百官入りしたのだからなお理解できない。睡眠遮断による催眠術でも使ったのだろうか。

「ガッデムの語源について調べておったのだ」

 鬱陶しげな唸りとともに示されたページには、魔界の共通文字と見慣れない文字とが並んでいる。小人の指が指した箇所には、確かに「ガッデム」の発音を表す記述があったが、項目のタイトルに当たるであろう太字は見慣れない文字の方で書かれていた。

「どこかマイナーな学派の呪文ですか?」
「よその世界の言語だな。海浜諸族の方言に比べれば発音は簡単なもんだ」
「訛りがあると歌に味わいが出るんですよ」

 魚人の娘は目線をそのままにそう返し、小人の肩越しにページを睨み付ける。もちろん、それで読めるようになる訳でもない。装丁の割に紙の保存の良い事くらいしか分からない。小人は、娘の方に向けていた本を持ち直すと真面目ぶった表情で解説を始めた。

「God damn it. ゴッドと言うのは創造主、ダムと言うのは地獄に落とす、罰すると言う意味だそうだ。つまりは『この代物は神に罰されるべきだ!』ちゅう意味になるな」
「大始祖様が怒りに来るんですか! また港が壊滅しますね!」

 鰭型の耳をパタパタと動かしながら「魔王様と始祖様の怪獣大戦争!」等と嬉しそうに言う娘。小人はそれを一瞥して更に続ける。

「お前さんの地元で言う『神様』は氏族の最初のメスだろう。この場合は魔界自体を作った誰かだ」
「はぁ。でも、ガッデム構造体だって『誰か』が作った物ですよね? 欠陥品だとか?」
「何かもっと別の奴が持ってきたのかも知れんなあ。ワシが神なら作品をぶち壊せる仕掛けを中に入れたりせん」

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 魚娘の首飾りの中央、一番大きい二枚貝が唐突に開き、中の細工時計が四回ベルを鳴らした。小人が注意しようとしたが

「はっ! 胸元に視線を感じます! ではお先に」

 適当な事を言われた上に逃げられてしまった。確か4時からは御前会議が予定されている。議題は迷宮探索についてだったろうか。自分も行った方が良さそうだ。

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