書の騎士1



『管理図書区画にてハザード発生。座標、規模、原因……データ確認……同期。書なる書の名において<騎士>一名の派遣を要請する』
『受理。事態の収束に努めよ。書の恵みのあらんことを』
『恵みのあらんことを』
 
「ひっ、ひいい」
 ふわふわとした金髪の少年が、散乱した本の中心で腰を抜かしてへたりこんでいる。その視線の先には人間ほどの大きさのなんとも形容しがたい触手塊がうぞうぞと蠢いていた。触手のひとつひとつの先端にはぎっしりと歯の生えた口腔がある。
「こっちだユーリック!」
 金髪のユーリックの襟がぐいとつかまれ、勢いよく書架の間に引きこまれる。と、今までユーリックのへたりこんでいた場所にむかって触手が殺到し、そこらに散らばった本にむしゃぶりついた。あと一瞬、ルリの助けが遅れていればユーリックは触手の餌食になっていただろう。
「せ、せんぱぁい……」
「泣き言はあとだ。逃げるぞ」
 先輩司書のルリはそのまま引きずるようにユーリックを立たせ、できるだけ触手塊から離れようと走り出す。
「わーん、何なんですかぁ、あれ」
「書の封印が甘かったらしい。見ての通りの魔物だ」
「あんなのが封印されてるなんて聞いてませんよぅ!?」
 息を切らして走る二人のあとから書架が倒れ始める。それにつれてばさばさと本が雪崩れ、ぽっかりと空いた棚を突き破ってあの名状しがたい触手が二人の行く手を探る。ひとつの書架を突き破り次の書架へ。将棋倒しに倒れる書架はもう二人のすぐそばまで迫っていた。
「だめだ、逃げ切れない!」
 言うやいなや、ルリはユーリックを脇に抱えて懐から小型の装置を取り出し、勢いよく地面に叩きつけて叫んだ。
「シールド!」
 キュイン、と球形の力場が周囲に形成され、ほのかに青白い光が二人を照らす。倒れかかってきた書架も本も力場の中には影響を及ぼさず、まるでガラスの球が守護のために出現したようだった。
 だが二人を追いかけてきた触手は得たりとばかりに球形のシールドに群がる。無数の触手がシールドに触れて煙を上げながらも、鋭利な牙で防御を破ろうとしていた。
「ひゃあ!」
「く、ここまでか……」
 見る見るうちににシールドの表面に亀裂が走り、亀裂から入りこんだ触手がぱくぱくと二人の眼前で口を開く。今まさにシールドが完全に破られようとした次の瞬間──
「おっと、危なかったな」
 横合いからぐいと突き出された一本の腕が触手をまとめて何本かとらえ、触手塊ごと振り回すようにして書架に叩きつけた。