河足市猫町おかたりさん帰りと事件のカケラ

 僕に甥っ子が出来た。11歳年上の姉の子どもだ。だから、僕は中学生にしておじさんというわけだ。
 新生児室に並ぶ赤ちゃん達は僕には区別がつかない。視線を感じてそちらへ目をやると、その子が甥っ子だった。でも、僕ではなく抱いていた猫のぬいぐるみを見ているようだった。産まれたばかりでも、猫のかわいさがわかるのだろうか。だとすれば僕と君はとても仲良くなれるだろう、そう伝えようとガラス越しに話しかけてみた。頷いたように見えたのは多分気のせいだろう。
 リノリウムの床を歩く。床の上には赤や緑の誘導線が敷かれていて、それぞれ循環器科とか内科とかの案内がされている。総合病院はにぎわっている。まるで、みんな元気な人みたいだと僕は思った。
 姉の病室へいく。ノックをすると返事が返ってきた。無骨なドアノブを廻してあける。
「史郎ちゃん。よく来てくれたね」
姉は相変わらず僕のことをちゃんづけで呼ぶ。それが不快でもあり心地よくもあった。
「姉さんは元気なの」
「あたし、一生で一番がんばったよ」
「頼まれてたぬいぐるみもってきたよ」
「ありがと」
「大変だったんでしょ」
「そりゃ、もう。途中でちょっとあきらめかけたもん」
「あきらめんな。で、胎盤のお刺身はどこ?」
「ねえよ、んなもん」
 どうやらくだらない会話ができるくらいは元気なようだ。出産というのは非常にリスクの高い行為だ。僕は部屋にあった折りたたみ椅子を広げた。金属のこすり合った音がする。座ってみると折りたたみ椅子はちょっと傾いていて、落ち着かない。病院の経費削減かあるいは長時間見舞客の相手をさせて、病人に負担をかけないようにした病院側の配慮かもしれない。
「そういえば・・・蛸明神の祠にいっぱい血がかけられてたんだっけ」
 姉はおもむろに聞いてきた。あまり、病人にふさわしい話題とは思えなかった。
「テレビでずっとやっててさ・・・」
 いいわけするように姉は言った。別に話題性があるわけではない。所詮は地方ニュースで取り上げられる程度の事件だ。ただ、不可思議といえば不可思議な事件ではある。
「大人3人分らしいじゃん」
「そんなにだっけ」
「そう、そんなに」
「もったいないよねえ」
「何に使う気だ」
「血づめのソーセージとか」
「ぶっそうなこと言うな」
「知ってる?今まで死んだ人類の数と今生きている人類の数って大体同じくらいなんだって」
「姉さんオーラの泉とか嫌いじゃなかったっけ」
「まあね。前世とか正直理解できないけど、あの子も元々は他の誰かだったりするのかなあってさ」
「気になる?」
「ちゃんと元通りの体型に戻れるかどうか?」
「ちげーよ。蛸明神の祠の血のこと」
「ええと、うん、まあ」
「じゃ、見に行ってくる。現場検証しに」
「おお、じゃ姉さん安楽椅子探偵だ」
「その設定には無理がある。ま、行ったところで何もないとは思うけどさ」
 それから、20分ほど雑談をした。
「じゃ、期待してるぞ、助手よ」
「はいはい」