ザリス・ノート/1

 この城に住まいはじめてから気づいたことだが(というか、不愉快なことにそれ以前の生などないのだが)、どうやらここには日付がない。昼夜の別はあるようなので、それに合わせて睡眠をとってはいるのだが、そのサイクルをもって一日、二日、と数えることがなぜかできない。この現象に関する説明は思いつかないのだが、いずれにしてもこれでは記録すら満足につけられない。やむを得ぬ処置とし、暫定的にナンバリングを付記するに留める。


 いちいち不愉快に顔をしかめるのにも飽きが来たので多くは言うまいが、どうやらこのノートは私の知らぬ間に勝手に構成を変えるらしい。今回はまた、見覚えのないところ(ほぼ真っさらなノートの中程のページ)に見覚えのない記述が追加されていた*1

 戯文活劇の冒頭風の文章であり、実際にその一部であるのかもしれぬ。これに関しては、私ではない誰か別の者の筆跡であった。この魔王城とおぼしき風景が描かれているのだが、明らかに実際と異なる点が散見される。その最たるは、あの魔王が魔王らしく堂々と権勢を振るっているかのような記述であり、たびたび家臣どもより足蹴にされるわお小遣い減らされるわの有様を見ている私としては、悪い冗談としか思えないものであった。

 日頃の恨み辛みを晴らすために魔王自身が自己実現の妄想を書き連ねているのかとも考えたが、同室の者がそのような惨めな真似を夜な夜な働いていると考えるのはさすがに気味が悪い。そもそも筆跡が違うともっともらしい理由を挙げ、それ以上考えぬこととする。


 シモ某という文官については知らないが、もう一方の武官に関しては心当たりがあった。書庫から食堂へ移動する際、棟と棟との渡り廊下に、この者とおぼしき武官が転がっていたのだ。この者は名前の通りの機関騎銃であり、生活にたいへん難儀しているようだった。なにせ、まともな可動部が引き金やらピストンやらしかないのである。足もなければ手もないため、自力ではちょっとした移動もままならぬ。私は哀れみを覚えて声をかけたが、武人に対しそのような情けは無用と逆に叱咤される始末である。たしかに、機関騎銃が機関騎銃であることに対して憐憫の情を抱くのは、機関騎銃ならぬ身の者のまこと勝手な思い上がりというものであろう。彼がその後どのようにして問題を解決したのかは私の知るところではないが、後日同じ場所を通りかかった時、同じような場所に同じような向きで機関騎銃が転がっていたという事実は明記しておく。


 以上。特に文末を締めるような結論・文言はことさら記載しない。そのような物語の強制こそ、私が抵抗すべき対象である。