美少女地獄外道祭文(2) アグニちゃん窓を突き破る

 趣味というほどではありませんが、日記を書くのが私の習慣です。
 たいていは、その日の出来事を羅列するだけで終わります。けれど、一度筆が乗ってしまうと、自分の主張や所感をまとまった文章で記録する、いわゆる"読みもの"を書こうという欲がわいてしまいます。そうなると、書き出しのところはいいのですが、途中で手が止まってしまいます。なにせ気軽に始めたこと、最後のオチまで考えていないことがほとんどなのです。そんな時、私は無駄に考え込んでしまうのですが、こうやれば必ずオチが出せるといった方法論があるわけでもなく、時間は無為に過ぎていきます。
 今日などもそのパターンで、どうしても文章を締める言葉が思い浮かばず、焦っているまにどんどんと夜は更けていくのでした。就寝時間のデッドラインも過ぎてしまったし、今日は諦めて明日に回すか、そう思った時、

「 よるほーーー!! 」

「 ギャーーーーース!!! 」

 机の引き出しから、満面の笑みのアグニちゃんが飛び出してきました。

「うわシズカお前夜中なのに声でけーよ」
「ぜ、ぜーっはー……」

 さすがに心臓が縮み上がったというか、こういうとき人間の身体って本当に小説で読んだような反応をするんですね。胸がキュッと締まる感覚、比喩でなくたしかにこの身で体験しました。一瞬で息が上がって、まともに声も発せません。

「私のよるほーよりビックリマーク多かったし、さてはお前ずっとギャースって言いたくてうずうずしてたな? あたしがいなくて我慢してたんだなー分かるぜ?」
「はー、っはー……。あ、あのねアグニちゃん、私もあなたとの付き合い長いから、いつの間に机に潜り込んだのかとか骨格どうなってるのかとかいちいち聞かないけど、とりあえずもう寝ないといけないから今日は帰って」
「なんだよシズカつれねーな」
「あとこの状況だと問題なく警察に突き出せるからね? そこのところわきまえてよね?」
「ちょっ! ……とお前なんでそんな躊躇なく真顔で警察とか言えんだよ! サツは駄目だってほんとサツは駄目だって! 特に今は絶対駄目! あわああ」

 その脂汗の量は、不法侵入のこの状況を鑑みてもまだ説明がつかないくらいヤバいものでした。いったいアグニちゃんは、私の知らないところでどんな犯罪に手を染めているのでしょうか。

「おお……わかった、オーケー、大人しくする。見てくれ、両手をゆっくーり上げるから……ほら、どうだ。何も持ってない。抵抗なんてできやしないさ、いいよな? 満足だろオーケー?」
「なんでそんなに修羅場馴れしてるの……しかも海外映画の字幕調で。あとその手のセリフって、隙を突いて反撃するフラグがビンビンだよね」
「フッ、お見通しか……さすがシズカだな。実はここの袖に隠し持ったスタンガンで。あとこんな注射器も」
「最低だね。本当に人間のクズだね」
「真顔かよ! 目が笑ってねえよ! お前いくらあたしがギャグ系のキャラだからって、言って冗談になることとならねえことがあるだろ!」
「この前隣のクラスの妊娠騒ぎの時、「堕胎まではギャグ文脈で流せるからオーケー」って言って学年中ドン引きさせたのは誰だっけ?」
「ああ……あれね……あれは……その」
「あー……」
「うん…………あたしもね……ちょっと不謹慎だったと思うから……。反省します……」
「そうね……」

 気まずい雰囲気になった私たちは、とりあえず仲直りの握手をしました。

「それにしてもなぜ机の引き出しから。しかも薄い方」
「まあ使い古されたネタだけど、ドラえもん風味ってことでな。あーでもドラえもんって今の小さい子供にはもう分からんネタかなー」
「いえ、ドラえもんは今も現役で放送してるでしょ……」
「机の引き出しよりもさ、都市伝説みたいにベッドの下に斧持って潜んでた方が良かったかな?」
「絶対にやめてね」
「それで結局、日記のオチは浮かんだのかよ」
「あ……それは」

 そういうわけで、この「話の途中で割り込まれる」出来事をそのままオチにすることで、私はようやく日記を書き上げることができました。そう、これは私とアグニちゃんの、心温まる思い出のお話だったのです、めでたし、めでたし。なお、実は「よるほー」の時点で私の両親がとっくに通報を入れていて、パトカーの音を聞いたアグニちゃんは慌てて逃れようとしました。窓ガラスを突き破って夜闇に飛び出したアグニちゃんでしたが、ここは二階。その後血だらけになって病院に運ばれていったということでした。