iの日記

今日の会議もムダな議論。
情報知性体の定義が曖昧なまま、協力なんてできようもない。
データ化した人間が生命か? バカげている。
早く「完全言語」の研究を終えなければならない。
人類を記述する言語を。

世界の一万七千の言語の中で、唯一気にかかるものがある。
ニジリィアナのシコン。神話を記述するためだけの言語。
これが鍵か?

イデア」を定義する。
この宇宙の本質である「イデア」。
イデアを表わし、我々人類が自由意思を有し、個体の認識をもったまま、「イデア」と接続すれば?

イデア」に人間が含まれるにはどうすればいいか?
イデア」を表わす為の言語は?

アリスが発症した。
人類が抱え込んだ病は加速度的に増えている。
わたしのアリスもまた、その犠牲者だ。
神はわたしたちを滅ぼすのだろうか。
わたしたちを滅ぼすのが神なのか。
どちらにしろ、わたしは許さない。

人類に残されたリソースはもうあの宇宙にしか残されていない。

「虚構」は存在する。
人が創り出したのか、最初からあったものを人が思いつくのか、わたしにはわからない。
「虚構」は存在する。

我々が「虚構」と呼ぶ宇宙にアクセスする方法もまた、「虚構」にしかない。
このパラドクスは、解消されうるか。

意思と運命、どちらも同じものである。
わたしがわたしの行動を決めた瞬間に、わたしの運命は決まるし、わたしの運命が決まった瞬間に、わたしの行動も決まる。
我々の宇宙の「シナリオ」があるとしても、それはわたしを縛りはしない。

時間がない。

わたしの研究はほぼ終わった。
パラドクスは解消される。
ただ、わたしは学者として逸脱しつつあることを感じる。

この日、わたしの研究室が解散する。
半数が死に、後の半数は別の研究室に移った。
構わない。もう少しだ。

計画は順調だ。
執筆を開始して、3ヶ月。
慣れない作業に疲れはあるが、それよりも世界を創造する喜びの方が大きい。

ただ、ピースは全て揃っていない。
もうひとつ、わたしの作る「虚構」と、わたしの世界をつなぐ為の鍵が必要だ。

アリスが死んだ。
涙が出た。
安心する。まだ、わたしは人間だ。

聖杯! これだ。
この宇宙で唯一、他の宇宙の情報を持つもの。
最後の鍵。

執筆は完了する。
新世界の為の「虚構」は生まれた。
あとは、待つだけだ。

扉が開く。
そこから現われたものが私を殺す。
世界を終わらせた私が死に、わたしを殺したものが、私の書いた「物語の要請」によって世界を変革するだろう。新しい世界を産み出した神として、わたしは死に、神殺しの人が世界を創る。
彼女が持っているはずだ。わたしの研究の成果を。
わたしがこの世界で為し得なかった。
「虚構機関」を。

わたしはiになる。
わたしはどこにもいない。しかしどこにも存在する。
すべてがiになるのだ。