頭と右手と考え事

「頭と右手か…」
ネットにある創作小説を読み終わり、僕は仰向けにベッドに転がる。時刻は早朝。外はまだまっくらで、カーテンの向こうには、未だ朝の気配はない。小説の内容を簡潔に述べると、なぜか頭と右手しか存在しない"わたし"が、彼女と一緒に時間を過ごし、彼女の太股に頭を預けるという話だった。うらやましいかぎりだ。全貌はよくわからないが“今のところ頭と右手しかなくて、これから増えるかどうかは彼女の気持ち次第だ”という文があることから彼女の望む"わたし"の部位が出現するようだ。ゆったりとした幸せを感じさせつつも、"わたし"と彼女の奇妙な関係が感じられる、不思議な話だった。
「なぜ、頭と右手なんだろうな」
頭はすぐにわかる。それは思考と感情の源泉であり、"わたし"にとっても彼女にとっても無くてはならない部位だからだろう。だがなんで右手なんだろうか。僕はベッドに転がったまま右手を天井につきだし、グッと二三度握りしめる。頭と右手だけとはこんな感じだろうか。
「…左手じゃだめなのかなあ?」
なんで右手なのだろう。推測に過ぎないが、その"頭と右手"の小説を書いた人が"小説を書く人だったから"だからかもしれない。物を考える頭と、ペンを握る右手、それさえあれば他は必要ないという無意識が投影されたのではないだろうか。
「物語としては彼女が必要としている部位が出現するっぽいんだよなあ」
右手が必要なのは、彼女の髪を撫でたりする"スキンシップ"か、もしくは彼が右手で紡ぎだす“何か”が必要なのだろう。そんなことをじっと考えていると、カーテンの隙間から光が差し込んできた。もう朝が近い。
僕は左手でカーテンとベランダの窓を開け、冷たい空気を胸に吸い込む。
「僕が左利きだからこんなことを考えるのかなあ」
僕に彼女はいない。