リル宮ルル子の彼方


偉手悠斗は璃瑠宮流々子を主人公とする通称・リル宮シリーズでデビューした後、同ライトノーベルから数作品を出版しています。デビュー7年目でリル宮シリーズが完結、同年にリル宮シリーズを含め2作品が、翌年に1作品が、審査に合格し、『具現化』しています。ですが、ここ数年は新しい小説を発表していません。
――結構。で問題とは?
完結したはずのリル宮ルル子のその後の物語が語られています。テキストはインターネット上の掲示板、その他複数のブログ等で公開されていますが、その元は特定できません。そして、そのテキストにリンクするように、物語終了後のリル宮リル子の物語が具現化した虚構に出現しています。
――基本的に、物語終了後の加筆・変更は認められない。
はい。誤字脱字のような修正以外は、認められません。それがルールであり、ポリシーであるはず。偉手悠斗が行っているのは虚構に対する重大な『裏切り』です。
――よろしい。虚構に正義と平穏を。『委員会』が命じます。偉手悠斗から『創作キー』を奪回しなさい。
了解しました。


ピンポーン。
しばらく待っても、家の主が現われないのでエージェントの男は、ドアを開けて、マンションの中に入った。鍵はかかっていなかった。
暗い廊下の中程で、ドアが少し開いて光が漏れている。男は迷わずにドアを開けて部屋に入る。開けて直ぐに本棚が目に入った。正面、右手、左手、全ての壁が本棚になっている。そのせいで窓が全てふさがれてしまっている。
部屋の中央に机があり、こちらに背を向けて偉手悠斗が座っている。
「ここが、君の書斎か」
「誰だ」
背を向けたまま偉手が問う。そして、侵入者の答えを待たずにしゃべり出す。
「FPか? いや、違うな。俺の物語は誰も傷つけてないし犯していないし殺していない。とすると」
「察しが良いな。委員会だ。『リル宮ルル子のその後』及び関連した諸作品についてだ。あー、その辺り、詳しく聞く必要はない。売れなくなった作家が話題を作りたくなったとか悲しくなるから聞きたくない。後で適当にでっちあげておく。とにかく、リル宮ルル子の物語の創作キーを渡すんだ。さもないと」
「ほらよ。持っていけ」
椅子が回転して、偉手悠斗が男の方を向いた。そして、小さな黒い箱を男の前に放り投げた。箱は床に転がり硬い音をたてた。
男は偉手悠斗に目線をあわせたまましゃがみ、箱を手に取る。
「『ブック』と『ペン』だ。欲しかったのはそれだろう?」
「そうだ」
「なんだ、不服そうだな。自分に理解できない物が不快なんだな。ふん。俺にはそんなもの、もう必要ない」
「……何故だ」
「詳しく聞く必要はないんじゃなかったか? 答える義務はない。だが、そうだな。虚構内人権保護に勤勉な君達に敬意を賞して、ヒントをあげよう」
軽い口調に反して、偉手悠斗の表情を変えない。
男はその虚ろな目から目を離せない。
「俺が困らない理由1。僕はその後のリル宮の物語を書いていない。PCを調べてもらってもいいな。俺が困らない理由2。俺が一度だけ手を入れたのは、一作目の物語に直接関与しない修正だ。ほんの一二行の、虚構法で定められた範囲のな。前者は『ペン』のアクセス履歴を調べればわかるだろう。後者は『ブック』の差分で確認できる。以上。説明終わり」
「バカな! 具現化した虚構世界のリル宮リル子では、数ヶ月の物語が更新されている。そう、物語はリアルタイムで更新されてるんだ、そんなことが」
偉手悠斗が男を指さした。
「そうリアルタイムで、だ。本部か何か知らんが、すぐに連絡するんだな。おそらく今も、物語は更新されている」
「バカな!」
「うるさい」
偉手悠斗は椅子を回転させて、背を向ける。
机の上のノートPCから発せられた光が、偉手悠斗の輪郭を照らす。
箱を手に持ったまま呆然と立つエージェントを無視するように、偉手悠斗は語る。
「世界は新しいステージに入るぞ。これまで、創作者を、虚構を舐めていたお前らは復讐される。作者にではない。創作そのものにだ。現実が虚構に駆逐されていくんだ。人も犬も猫も鳥も魚も風も雲も雨も空も土も何もかもみんな……いつまで現実にいるつもりだ? お前のその面白くも何ともない人生もまた誰かの虚構なんだよ。世界の多層化が始まった時点で気付くべきだ。上位も下位もないんだよ」

「裏々生徒会を組織し、全女子眼鏡化戦線を無用に挑発し、善良な黒スパッツ同好会を人身御供に、秘密裏に秘密ブラ健康組合を援助……とにかく全く無意味に学園を混乱の極みに騒がせていたのは貴方ね。黒変態同盟の黒眼鏡ソレサン・グラスこと連続パンツ爆破魔さん」
「僕を裁くかね。リル宮生徒」
廊下の先で、黒い眼鏡の男が振り返る。
「ええ、裁きます。暇なので。ミスター・ブラック・グラス」
「ひとつ忠告だ。リル宮生徒。君のパンツは既に私の触媒としての条件を満たしている。1.わたしがこの目で視る。2.わたしが視認してから24時間が経過する。以上。条件が何時満たされたかは、今ならわかるだろう。とにかく、あとは私の詠唱一つで、君のパンツはスカート諸共吹き飛ぶという算段だ。君は少し暴れすぎたな。直ぐにも人が集まってくるぞ。僕をはめる為にわざとそうしたのだろうが、そうなれば君は黒幕を暴いたヒロインなんかじゃいられない。そのときは僕も破滅するが、知ったこっちゃないね。僕は一つでも多くのパンツが吹き飛ばせればそれでいいんだ」
ふっふっふ、と腕を組んだまま、リル宮ルル子が不敵に笑う。
「ノンノン。ノンノンノンノンノン。違うよそれは全然違う。大ボス、ブラック・グラスはそんな下っ端の雑魚敵に成り下がっちゃあいけないよ。いいですか、困ったときは漫画に学べ。そういうときはこう言うんだよ。『試してみるか? 俺の呪文とお前の拳、どっちが速いか』。さあ、どうする?」
黒眼鏡はひとしきり笑ってから、真剣な顔で言った。
「いいだろう」

「……クロニーソ・クロブ・ラ・ク・ロパンティ・イ・クロブチ……我は求め訴えたり訴えなかったり……我が供物をもって、いざ扉を開かん……開け、hyperloreの名の下に」

「負けたよ」
4階の廊下は、は爆発で天井が吹き飛ばされて空が見えている。眼鏡が割れ、服もぼろぼろになった黒眼鏡会長が仰向けに寝ていた。
「まさか、爆弾を使ってくるとは。拳って言ってたのに」
それをリル宮ルル子が見下ろしている。
「あのとき揺れたね。黒眼鏡くん」
「なにがだ」
「心の揺れは心の隙間を生み出すのよ黒眼鏡くん。そして悪いやつはそこにつけ込むものなのよ」
「君は悪い奴なんだね」
「さてね。それにしても、あの呪文。本当にパンツを爆発させる呪文なの? 爆発させる気がなかったのかな?」
青々とした空が見える。風が吹く。
「さてね」
たくさんの足音が聞こえる。誰かが通報したのだろう。遠くからサイレンの音も聞こえるようだ。
「璃瑠宮君。伏線が全て回収されると思うな」
「何?」
「気を付けろってことさ。これが売れれば、これからも何冊か出るんだろうから」
「ギリギリというかアウトのメタ発言ね」
「さてね」